下北沢

 

 

15歳のときくらいから、ずうっと仲が良くて付き合って別れてを繰り返していた人と“本当”のさよならをした。

もう逢うことはないんだろうな。

 

振られた悲しみ、もう二度と逢うことのない悲しみ、

上手くいかなかったこと、恋愛の傷、

とかじゃなくて

嬉しいことがある度に

「うれしい!あの人に伝えたいな」って気持ちが

未だに思考のセーブが入るより先に出てきてしまうことが

とってもうれしくて、とてつもなく悲しい。

 

 

付き合っていた人は、

とても理論的で考えてから行動が出来る人で、

自分の感情をコントロールするのがすごく上手で尊敬していた。

 わたしにもその要素は反映されていて、

それを自分の中に見つけたり、誰かに褒められるたび(そういう機会はとても多くて、)

恋人と己が重なりすぎて、

どちらがどちらか混乱してわからなくなる感覚が大切でたまらなかった。

どちらでもいいや!に終着するところも含めて。

 

でも、そんな人がほぼ望みのない恋だって

頭ではわかってたのに、咄嗟にキスしてしまったり

わたしにだけ頭が働くなってしまうところが何よりだいすきだった。

 

 彼の好きなところをパクりにパクりまくったわたしにも盗むことの出来ない唯一無二のキラキラだった。

 

一番好きなところだけは真似できなかった。

だって、それは、

君じゃない誰かがわたしの隣にいることでしか叶わない願いだってこともどうして気付いちゃうかな。

 

まともに話せやしないまま最後に駅でさよならをして、伝えたいことを文章にして送信したけど

そのメールも声を聞く手段も、全てシャットダウンされてた。

ああわたしも同じ立場ならこうするなっていう自分にそっくりなその行動が微笑ましくて、嬉しくて、愛おしいと思った。

 

さよならのプレゼントをありがとう。

君に憧れすぎて、君とは一緒にいられなくなってしまったけど、

いつか誰かを愛し抜けるよう頑張るね。

わたしが真似できなかった一番君の好きなところ。

 

https://youtu.be/sClYjqI60cg